019:後継者
 世界はひたすら白かった。

 真っ白な髪の毛に囲まれた師の白い顔から少女は目を離すことが出来なかった。
 白い服を着て、白い花を手に持ち、以前は鮮やかな色彩を放っていた瞳を閉じて横たわるその姿は、昨日までの師となんら変わらないようにも見える。
 しかし、少女はおぼろげながら理解していた。
 そこに、昨日までの師はもう居ない。
 もう二度とその白い顔に表情が浮かぶことは無く、鮮やかで多彩な光を宿していた瞳を見ることもすでに無い。

 少女の様子を静かに伺っていた風の精霊たちが世界を駆け、漣のような精霊の声が世界に満ちる。
 白の魔女が死んだ。
 その知らせは、その日のうちに世界に知れ渡った。
 色という色たちは、魔女の死を悼んで身を潜める。炎は赤色を吹き消し、水は青色を洗い流し、草花は緑色を吐き出した。
 まるで、紙でも剥がれ落ちるように色は消えてゆき、無の色だけが残される。
 そして、世界が文字通り白く染め上げられた。
 大切な人を失った悲しみも、一人残された寂しさも、全てを飲み込んで白は全てを塗りつぶす。
 それは死んだ魔女への追悼と、――白の魔女を後継する少女への祝福だった。

020:花束
 市場には、さまざまな事情を抱えた者が歩いている。
 物を買いに来る者、物を売りに来る者、金を求めて出稼ぎに来た者、人々を悲しげに見つめる物乞いに、膨れた財布を狙って忍び寄るスリ。
 そして、まるで人目を忍ぶように人ごみに紛れ込む者まで。
 各々の目的はまったく別の人々が一同に集まり歩いている光景というのは不思議なものだ。
 すぐ横を通り過ぎる人でさえ、何を思ってここへ来ているのか分からないというのだから。

 行き交いざまに、ソレは誰かの手によって私の腕の中に押し付けられるように渡された。
 押し付けた誰かはそのまま逃げるように通り過ぎていった。振り返ることはしない。振り返ったところで、もう相手は人ごみに紛れてしまって見分けることなんて出来ないだろう。
 私は、何事もなかったかのように、ソレを腕に抱えて歩き続ける。
 腕の中に残されたのはクリスマスローズの花束だった。学名ヘレボルス・ニゲルと言う。別段花に詳しいわけではないが、この花については妙な知識ばかり知っている。
 真っ白い花びらに埋もれるように、一通のクリスマスカードが添えられていた。
 ふわりと花の香りが広がる。歩く速度が少し速くなる。
 昔から美しい花にはトゲがあるというが、このバラの名を持つ花が持っているのはトゲではない。
 この花は可愛らしい外見とは裏腹に毒を持っている。
 花言葉は、私の苦痛を慰めて。
 ――たすけてください
 添えられたクリスマスカードの最初の一文には短くそう書かれていた。
「なかなか洒落たプレゼントじゃないか」
 決して嬉しくはないプレゼントに内心ため息をつきながら、皮肉をつぶやく。忙しくなりそうだ。
 ひんやりと冷たい空気が肌を切る。分厚い雲が垂れ込めた空模様を私は眺めた。時期に雪が降り出しそうだった。

021:小さな約束