(
006:切れない絆の続きです。)
カタカタカタ。
震えている。ナイフが首元で小刻みに震えている。一瞬自分が震えているのかと錯覚したほどだ。
あまりに拙い。
私は黙って小刀の刃を押し付けられながら、そんなことを思っていた。刹那の判断さえも命取りになる緊迫した空気の中で嫌に冷静な思考が働いていた。瞳には我が主の鮮烈な怒りの表情のみが映っている。否、元主か。
長いため息を吐き出して、私は彼女の震える手首を掴みあげた。ナイフは震えるのをやめたが、切るべき物から遠ざかってしまう。
「いい加減にしていただきたい」
自分が思っているよりも遥かに冷たい声でささやく。
わがままを言う気位の高い猫を諭すように。ただし、愛玩動物を相手にするような甘やかさなど全て捨て去って。
彼女の表情は怒りの上に羞恥の感情が滲んで、ますます赤くなった。
だが、本当にわがままを言っているのは誰か。我知らずその問いを彼女の瞳の中に見てしまう。彼女の手からナイフを取り上げて腕を離し、私は無意識に彼女から目をそらした。
そのまま、きびすを返す。
「どこに行くつもりですか」
「あなたには関係ないことだ」
もはや、時間は無い。出来るだけ敵をここへ近づけぬようにしなければならない。
ドアを押し開きながら、頭を切り替える。何処を押さえれば敵を遠ざける事が出来るか、抜け道は無いか。館の間取り図を頭の中で開きかけて、私の思考は行動と共に止まった。
「ならば、私はあなたに従いましょう!」
「何を」
後ろから言い放たれた言葉に、私は思わず振り返る。振り返ってから、愚挙だったと思った。一刻も早く立ち去るべきだったのだ。
彼女は精彩に微笑んでいた。
「あなたはすでに私を主とは認めないと言った。ならば、私があなたに従者として従います。どこまでも付いていきましょう。……騎士様」
誇りなど捨て去ったような言葉を口にしてなお、彼女は誇り高かった。
私は口をづぐむ。もはや、どちらが先に折れるか決まったようなものだった。