そんな物は、所詮形だけに過ぎない。
それは、私も、そして彼女も分かっていたはずだ。
思い出すのは、目を刺すような白。
しんと静まり返った白磁の壁に囲まれた空間。
膝を折り深々と頭をたれた私となんの表情もなくただ立つだけの彼女。
私が彼女に初めて出会った――私が彼女の護衛を任されたその日から、私と彼女との間には絆があった。
主従という、ひどく細く薄い形だけの絆だ。
私は決して彼女に護衛の騎士という与えられた役割以上の態度を示したことはなかったし、また、彼女も決して私に心を開くことはなかった。
私はとても優秀な従者だった。
だから、私は最後まで優秀な従者でいるつもりだった。
たとえ、この身を犠牲にしたとしてもだ。
なのに。
「そんな事は許しません」
彼女はきっぱりと憮然とした態度を隠そうともせず、そう言う。
日夜感情を押し殺し、決して相手に身の内を悟らせない彼女としては、ひどく珍しいことだった。
敵はすでに表門を突破したという情報が舞い込み、今しもこの部屋に踏み込んでこようかという状況。それは彼女も分かっているはずだ。
私は隠し切れない焦りを無理矢理押し込め、平坦な調子を崩すことなく、先と同じ事をもう一度言う。
「ここは私に任せてお逃げください」
「駄目です」
彼女は引き下がらない。
「命令です。あなたも一緒に逃げるのです」
決して意思を曲げる事がなかったまっすぐな瞳で、しかし、私を一瞥もする事なくきっぱりと言い下す。
命令です。
長い間、私と彼女の絆をつないできた言葉。
――貴女がその言葉を使うのならば、私にも策がある。
「ならば、私と貴女の契約も今日限り。今、この時を持って、私は貴女と縁を切ります」
彼女は初めて私の方を見た。驚嘆に大きくその瞳を見開いて見せた。
その大きな緋色は、いつかに彼女からもらった木苺の酸っぱさを私に思い出させる。
私は目を閉じた。すっぽりと手に馴染む腰の剣に手を置くと、心が落ち着く。
私は彼女にゆっくりと言い聞かせた。
「貴女は逃げるのです。そして、私が居た事など忘れてしまいなさい」
目を開けると、まっすぐに私を睨みあげる彼女の顔があった。
鮮烈で気高く美しく、彼女の顔は私の瞳にくっきりと焼き付けられる。
首筋に薄く鋭い金属が当てられる気配があった。
「この絆、切らせない」
ナイフは微かに震えていた。
(
015:主従につながります。)